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京都地方裁判所 昭和62年(行ウ)26号 判決

原告

齋藤脩

被告

松尾賢一郎

被告

稲田達夫

被告

野中広務

被告

林田悠紀夫

被告

荒巻禎一

右被告ら訴訟代理人弁護士

前堀政幸

右同

堀家嘉郎

主文

一  原告の被告らに対する不当利得、被告松尾、同稲田に対する不法行為による京都府への金員支払の各代位請求につき被告松尾、同稲田、同野中、同荒巻に対する訴えをいずれも却下し、被告林田に対する請求を棄却する。

二  原告の被告らに対する職員の退職手当に関する条例(昭和三一年九月一六日京都府条例第三〇号)七条、昭和六三年三月二二日京都府条例第一号による改正後の京都府知事、副知事及び出納長の給与及び旅費に関する条例(昭和二二年京都府条例第一六号)六条二項、七条三項の無効確認の訴えはいずれもこれを却下する。

三  訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告(請求の趣旨)

次の判決及び(一)、(四)項の仮執行宣言。

(一)  訴外京都府に対し、

1 被告松尾は金四、五五一万二、〇六〇円及びこれに対する昭和五三年七月二一日から完済まで年五分の割合による金員、

2 被告稲田は金二、一五六万八、二八〇円及びこれに対する昭和五四年一月一二日から完済まで年五分の割合による金員、

3 被告野中は金三、一三二万八、六四〇円及びこれに対する昭和五八年一月九日から完済まで年五分の割合による金員、

4 被告林田は金八、七九二万〇、八〇〇円及びこれに対する昭和六二年一月一日から完済まで年五分の割合による金員、

5 被告荒巻は金六、六二九万〇、四〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月三〇日から完済まで年五分の割合による金員

をそれぞれ支払え。

(二)  職員の退職手当に関する条例(昭和三一年九月一六日京都府条例第三〇号)(以下、退職手当条例という)七条は昭和三一年九月一六日から無効であることを確認する。

(三)  昭和六三年三月二二日京都府条例第一号による改正後の京都府知事、副知事及び出納長の給与及び旅費に関する条例(昭和二二年京都府条例第一六号)(以下、改正給与条例という)六条二項と七条三項はいずれも昭和六三年三月二二日から無効であることを確認する。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら(答弁の趣旨)

次の判決。

(一)  本案前の答弁

1 本件各訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(二)  本案の答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  原告(請求原因)

(一)  原告は京都府の住民である。

(二)  被告らは次に記載するとおり、その当時知事、副知事、出納長の職にあったものである。

(三)  京都府は被告らに対し退職手当条例七条に基づき次のとおり退職手当を支給した。

1 被告松尾 副知事退職 昭和五三年七月二〇日支給

退職手当額  四、五五一万二、〇六〇円

2 被告稲田 出納長退職 昭和五四年一月一一日支給

退職手当額  二、一五六万八、二八〇円

3 被告野中 副知事退職 昭和五八年一月八日支給

退職手当額  三、一三二万八、六四〇円

4 被告林田 知事退職 昭和六一年末までに支給

退職手当額  八、七九二万〇、八〇〇円

5 被告荒巻 副知事退職 昭和六一年一月二九日支給

退職手当額  六、六二九万〇、四〇〇円

(四)  退職手当条例七条は「特別職に属する職員の退職した者に対する退職手当の額は、第三条から第五条までの規定にかかわらず、知事が別に定める。」と規定しているが、これは退職手当の額を条例で定めずすべて知事の決定に委ねており、地方自治法二〇四条三項の「給与、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。」との規定に違反し、憲法九四条により無効である。

(五)  被告らは地方自治に経験の深いものであり、右のとおり無効な退職手当条例七条に基づく退職手当が法律上の原因を欠くものであることを知りながら、これを受領したものであるから、京都府に対し前示(三)の退職手当金支給に基づく違法な公金支出により退職手当額同額の損失ないし損害を与えたものである。

そして、被告松尾、同稲田については右退職金の受領は右同金員を詐取した不法行為にも当る。

したがって、京都府は被告らに対し、右同額とこれに対する前示(三)の退職手当金支給日の翌日から完済まで民法所定年五分の割合による法定利息金または遅延損害金の不当利得返還請求権があり、被告松尾、同稲田に対しては右のほか不法行為による右同額の損害賠償請求権がある。

(六)  原告は、昭和六二年四月一四日、地方自治法二四二条に基づき、京都府監査委員に対し、同委員が京都府に代位して右不当利得返還請求権を行使すること、もしくは同不当利得返還請求の訴を提起するよう知事に勧告することなど必要な措置を講ずべきことを求める監査請求をした、しかし、同監査委員は、「一、対象職員の指定が不明確、二、違法、不当行為の指摘が具体性を欠く。三、事実を証する書面の添付がない。四、請求の期間制限の判断が不可能である。」との理由によりこれを却下した。この却下はそのころ原告に通知された。

(七)  昭和六三年施行の改正給与条例六条二項は「退職手当の額は……給料の月額に……在職期間を乗じて得た額」とすると定めているが、この「在職期間」が文意不明確であるから無効である。

(八)  改正給与条例七条三項は六条二項を算定基準としているため、いわゆる自治省などの国家公務員であった者が退職手当の支給を受けることなく引続き京都府の副知事又は出納長になった場合在職期間が通算され、京都府民一般に比して、退職手当額を著しく高額に規定し、これらの者を合理的な理由なく著しく有利に差別するもので、憲法一四条一項に違反し無効である。

(九)  よって、原告は京都府を代位して被告らに対し、それぞれ前示退職金相当額及びこれに対する法定利息金また遅延損害金として、請求の趣旨(一)項記載の各金員の支払を求めるとともに、退職手当条例七条、給与条例六条二項、七条三項につき請求の趣旨(二)、(三)記載の日からの無効確認を求める。

二  被告ら(答弁・主張)

(一)  本案前の答弁・主張

1 適法な住民監査請求の経由が住民訴訟の訴訟要件であるところ、原告の本件監査請求は次のとおり不適法であるから、本件請求の趣旨(一)の訴えは訴訟要件を欠き却下を免れない。

即ち、(1)本件住民監査請求には法律上必要な職員の不当又は違法な行為を証する書面の添付がない(地方自治法二四二条一項)。(2)本件住民監査請求は、被告林田を除くその余の被告四名に対する退職手当の支給は前示原告主張請求原因(三)記載の支給日にそれぞれ支給されたもので、その支給日から一年を経過した昭和六二年四月一四日になされたものであるから同法二四二条二項本文に照らし不適法である。なお、本件住民監査請求は京都府監査委員に対し不当利得返還請求権の行使またはこれを京都府知事に勧告することを求めているものであるが、これは不当利得金返還請求債権の管理を同条一項所定の怠る事実に係るものとしてなされたとも解しうるところ、この場合は、原則としては同条二項の期間制限の規定の適用がないといえる。しかし、原告の主張によると右債権はもともと退職手当の支給という公金の違法な支出に基づいて発生したものであるから、同条二項の期間制限の適用を受け、その支給日から一年を経過した後の監査請求は不適法である。(3)原告は右監査請求期間徒過に同条二項但書所定の「正当な理由」があったと主張するが、ここにいう「正当な理由」とは、当該行為が秘密裡に行なわれ、一年経過後初めて明るみに出たとか、天災地変による交通と絶などを指すが、被告らに対する本件各退職手当は予算に計上され、かつ一部は新聞報道がなされたので、原告に「正当な理由」がない。

2 改正給与条例六条二項及び七条三項の各規定は、京都府知事、副知事及び出納長の地位にある者の退職手当及びその金額を定めた規定であって、原告とはその地位、身分と関係のない事項に関する条例であるから、原告において右規定の効力を争う法律上の利益はない。

(二)  本案の答弁

1 原告主張の請求原因(一)の事実を認める。

2 同(二)の事実を認める。

3 同(三)の事実のうち、被告野中、林田、荒巻の退職手当額を争い、その余の事実を認める。なお、被告らの退職手当額、差引支給額とその計算関係は別表Ⅰのとおりである。したがって、原告主張の被告稲田の金額は差引支給額である。

4 同(四)の退職手当条例七条の存在を認めるが、同条が無効であることは争う。

5 同(五)の事実を争う。

6 同(六)の事実を認める。

7 同(七)ないし(九)を争う。

(三)  本案の主張

1 被告らに対する退職手当は、退職手当条例七条の規定に基づく委任により知事が昭和五三年に制定した「知事、副知事及び出納長退職手当額算定要綱(以下、算定要綱という)」に基づき、算定、支給されたものである。

地方自治法二〇四条三項は「給料、手当及び旅費の額及びその支給方法は、条例でこれを定めなければならない」と規定しているが、条例でこれらを知事に委任することは同条に違反するものではない。そして、退職手当条例七条が特別職の退職手当の額の決定を知事に委任したのは、退職手当は予算に計上され、その予算、決算が府議会の権限に属し、結局、本件退職手当の額は府議会の監視、統制のもとに置かれることを考慮したものである。しかも、算定要綱は講学上行政規則とよばれるもので、その内容は近隣の大阪府、兵庫県等の特別職に対する退職手当とほぼ同様であって、適正妥当なものである。

2 仮りに、退職手当条例七条が地方自治法二〇四条三項に違反し無効であるとしても、退職手当の支給額が他府県と同水準であれば、退職手当を受給した職員が不当な利得を得たとはいえないし、同法二四二条一項の「違法な公金の支出」には当らない。即ち、この「違法な支出」とは法令上支出すべきでないのに支出したものを指し、単に支出手続が法規に違反したため違法とされるものを含まないから、退職手当条例に基づく本件退職手当の支給は同条一項の「違法な公金の支出」に当らない。

3 仮りに退職手当条例七条に基づく本件退職手当の支給が地方自治法二〇四条三項に違反し無効であるとしても昭和六三年に改正された改正給与条例によって知事等の退職手当の額及びその支給方法を定め、従前の算定要綱をそのまま同条例中に規定したうえ、これを昭和五三年四月一五日に遡って適用するものとし(同改正給与条例附則二項)、従前の算定要綱により支給された退職手当は、同改正給与条例によって支給されたものとみなすことが定められた(同改正給与条例附則一〇項)。

したがって、改正給与条例の公布・施行に伴い、同条例の遡及効により、各支給時の条例上の根拠が追完され、本件各退職手当の支給は、各支給日に遡って適法となった。

4 仮りに、本件退職金の支給が無効で不当利得が生ずるとしても、(1)それは退職手当額ではなくこれから所得税及び住民税を差引いた別表第一記載の差引支給額によるべきである。そして、(2)原告は、京都府が退職手当条例の無効を知っていたというが、これは京都府が被告らに対し本件各退職手当を支給すべき債務のないことを知っていたということに他ならないから、本件各退職手当の給付は非債弁済に当り民法七〇五条に従い、京都府は被告らに対し不当利得の返還を請求できない。したがって京都府を代位して被告らに対しその返還を求める本件請求は理由がないことになる。また、(3)退職手当の返還請求権は公法上の金銭債権として地方自治法二三六条一項前段所定の五年の経過とともに同条二項により援用を要せず絶対的に消滅する。そして、被告松尾の支給日は昭和五三年七月二〇日、同稲田の支給日は昭和五四年一月一一日であるから、原告の前示住民監査請求の日以前に退職手当返還請求権は時効消滅している。

5 原告は請求原因(七)において改正給与条例七条三項、六条二項が憲法一四条一項に違反し無効である旨主張するが、右規定は国家公務員が退職手当の支給を受けることなく、副知事又は出納長となった場合には、一般職の職員と同じく、勤続期間を通算することとしたもので、何ら不合理な点はなく、憲法同条項に違反するところはない。

三  原告(被告らの主張に対する答弁・反論)

(一)  本案前の主張に対する答弁・反論

1 被告らの本案前の主張を争う。

2 原告には本件監査請求の期間徒過につき、次のとおり地方自治法二四二条二項但書所定の「正当な理由」がある。

(1) 本件不当利得金返還及び不法行為による損害賠償請求は退職手当条例七条の無効を前提とするところ、同七条は右監査請求日までに公的に無効とされていなかった。

(2) 原告はもともと青森県人で昭和三九年四月一日に京都府立福知山高等学校教諭に任命されて初めて京都府民となったもので、本件の無効な退職手当条例七条に基づく被告らに対する違法な公金(退職金)の支出につき、京都府民、法曹が無関心であり、原告が右条例の無効と違法な公金支出を本件監査請求時まで知らなかったことには、「正当な理由」がある。

(3) なお、原告は違法な公金支出の監査請求につき地方自治法二四二条二項の「正当な理由」の存在を主張するもので、同条一項の「怠る事実」を主張しないから、被告らの「怠る事実」に関する主張はその前提において誤っている。

(二)  本案の主張に対する答弁・反論

1 被告らの本案の主張3のうち、被告ら主張のとおりの改正給与条例が公布・施行されたことは認めるが、その余の主張は全部争う。

2 改正給与条例はその施行日である昭和六三年三月二二日以前の本件退職手当の支給に適用することは、行政法規不遡及の原則に照らし許されないから、これにより本件退職手当の支給の条例上の根拠が追完されることはない。

3 仮りに右2の主張が認められないとしても、請求原因(七)(八)のとおり改正給与条例は無効である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一不当利得ないし不法行為による金員支払の各代位請求の検討

(一)  本案前の主張について

被告らは原告の右各代位請求の訴えは適法な監査請求を経ていないから、不適法として却下すべきであると主張するので検討する。

1  期間徒過の検討

(1) 原告が京都府において無効な退職手当条例七条に基づき違法な公金支出に該ると主張する被告らに対する退職金の支給日が、請求原因一(三)1ないし5記載の日であることは、当事者間に争いがない。

(2) そうすると、被告林田を除く被告らのうち支給日の最も遅い被告荒巻に対する退職金を支給した昭和六一年一月二九日から数えても、成立に争いのない甲第一号証による原告の本件監査請求が提出され受付られたと認められる昭和六二年四月一五日までに既に地方自治法二四二条二項本文所定の「当該行為のあった日又は終った日から一年」を経過していることが明らかであり、同条項但書の「正当な理由」がない限り、適法な監査請求とはいえない。

(3) 原告は右の「正当な理由」があると主張するけれども、同条項の「正当な理由」とは、注意深い住民が相当の方法により探索しても客観的に当該行為の探知が不可能であった場合を指し、本件退職金の支給はこれがことさらに隠蔽されたものでなく、京都府において予算に計上したうえ、被告らのいわゆる三役に対して本件退職金が支給されたもので、被告らが退職したことは新聞報道もなされていたこと、そして、被告らに対する退職金の支給の存在自体を知りうべきものであったことは、その旨の被告らの主張を原告において何らの反論もしないことなど弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、原告に「正当な理由」があるとはいえず、他にこれを認めるに足る的確な証拠がない(最判昭和六三年四月二二日判例時報一二八〇号六三頁参照)。

なお、原告は本件退職手当条例七条の無効につき、京都府住民、法曹も無関心で、これが公的に無効と判断されていない以上、原告がこれに気付くのが遅れたことに「正当な理由」がある旨をも主張するが、法令の違法、無効の判断の難易をもってここにいう「正当な理由」を判断することはできない。

(4) もっとも、前示甲第一号証によれば、原告の本件監査請求は「退職手当条例七条は地方自治法二〇四条三項に違反しているから、昭和五二年四月一日から同六一年一二月三一日までに京都府知事、副知事及び出納長の職にあった者に対し支給された退職手当金は法律上の原因を欠くものである。従って、京都府は右の者に対し、不当利得返還請求権を有する。よって、監査員各位に対し、京都府に代位して右請求権を行使すること、もしくは同旨の訴えを起すよう知事に勧告することを求める」という趣旨のものであることが認められる。

そうすると、原告の本件監査請求は、京都府が被告らに対し不当利得金返還請求権を有するところ、同府がその請求を怠っているから、不当利得返還請求等の適当な措置を求めるもので、地方自治法二四二条一項所定の不当又は違法に財産の管理を怠る事実を改めるために必要な措置を講ずべきことをも併せて監査請求の対象として含むものと解されるが、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の不当利得返還、不法行為上の損害賠償等の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実とする住民監査請求は、右財務会計上の行為のあった日又は終った日、即ち、本件では各退職金の支給日を基準として地方自治法二四二条二項の規定を適用すべきである(最判昭六二・二・二〇民集四一巻一号一二二頁参照)。けだし、このように解しなければ同条項の規定により監査請求に期間制限を設けた趣旨が没却されるからである。

したがって、その余の判断をするまでもなく被告林田を除く被告らに対する原告の右各代位請求にかかる本件訴えは適法な監査請求を欠き、不適法として却下を免れない。

2  書面添付の欠缺の検討

被告らは原告の本件監査請求に地方自治法二四二条一項所定の書面の添付がないので不適法である旨主張するが、原告は前示のとおり一定の期間内に京都府がその知事、副知事、出納長に支給した退職手当金が無効な退職手当条例七条に基づくもので法律上の原因を欠く旨を主張して監査請求をしているものであって、右書面の添付がなくとも監査委員ないし京都府において右支出は会計帳簿上自ら特定しこれを明確にし得る性質のものであり、右退職手当条例、地方自治法の条項を知り得ることはいうまでもない。したがって、監査請求の対象を特定させ、濫用を防止するために必要とされる右書面の添付は、前示のとおりとくに書面を必要としない特段の事情がある本件においては、右書面の添付がないからといって、本件監査請求が不適法であるとはいえない。

したがって、原告の被告林田に対する右代位請求にかかる訴えは適法であって、これを不適法という同被告の本案前の抗弁は採用できない。

(二)  被告林田に対する本案請求の検討

1  原告主張の請求原因(一)、(二)の全事実、及び同(三)項中退職手当額を除くその余の事実のうち、被告林田関係部分、及び同(四)項の退職手当条例七条の存在は、当事者間に争いがない。

2  退職手当条例七条は「特別職に属する職員の退職した者に対する退職手当の額は、第三条から第五条までの規定にかかわらず、知事が別に定める。」と規定している。原告はこの退職手当条例七条が地方自治法二〇四条三項、憲法九四条に違反し無効である旨主張する。

3  よって、判断するに、地方自治法二〇四条三項は「給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。」と規定し、給与条例主義を定めている。

さらに、同法二〇四条の二は「普通地方公共団体は、いかなる給与その他の給付も法律又はこれに基づく条例に基かずには、これを第二百三条第一項の職員及び前条一項の職員に支給することができない。」と定めている(なお、地方公務員法二五条一項にも同旨の規定がある)。

これらの規定は、地方公共団体の給料、手当等の額及び支給方法を条例をもって規定するものとして、予算措置のみによるいわゆるお手盛防止の目的で納税者である住民の代表者である地方公共団体の議会の慎重な給与条例の制定を通じてこれをコントロールするために設けられたものであり、とくに同法二〇四条三項が「手当の額」を条例で定めなければならない旨を明定していることに照らし、右の手当支給を定める条例では、手当の額を確定し得るものでなくてはならない(最判昭和五〇年一〇月二日判例時報七九五号三三頁参照)。そして、本件退職手当条例七条のように特別職の退職手当の額を単に「知事が別に定める」旨規定し、その額や支給方法一切を知事の決定に委ねる条例は、その支給に関する金額、支給期日、支給方法の基準を示し、具体的な金額、支払期日、支給方法などは右基準の範囲内で定めるべきものとして、その決定を知事に任せることが条例で定められている場合でない限り、特別職に対する退職手当金の金額、支給方法などの決定をすべて無条件で知事に一任するものというほかなく、地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二に違反し、無効であって、右退職手当条例七条に基づく本件退職手当の支給は同法二四二条所定の「違法な公金の支出」にあたるというほかない。そして、右規定所定の法律又は条例上の根拠を欠く場合に、たとえその支給について予算措置がなされその点につき議会の決議があった場合でもその違法性が治癒されるものではなく、それが違法、無効であることに変りはないというべきである。けだし、右各規定は、その改正前において、特別職の給与等については条例で定めることになっておらず、単なる予算措置のみで給与等が支給されても違法ではないとされていたため、一般職及び特別職を通じて給与等の実態が地方公共団体ごとに区々になり、混乱していた給与体系の公明化を目指し、これを条例で定めることによりその抜本的改正を求めるために設けられたものであるからである。

したがって、本件退職手当の支給につき予算措置がなされていることを理由にその支給が右各規定に違反しない旨の被告の本案の主張(三)1はその理由がなくこれを採用できない。

4  しかしながら、被告の本案の主張(三)3の改正給与条例が昭和六三年に施行されたことは当事者間に争いがなく、この事実と成立に争いのない乙第四ないし第六号証、弁論の全趣旨によると、右改正給与条例六条は「知事等が退職した場合には、その者に退職手当を支給する。 2 退職手当の額は、退職の日におけるその者の給料の月額に次項の規定により計算した在職期間を乗じて得た額に、次の各号に掲げる区分に応じ、当該各号に定める割合を乗じて得た額とする。(1)知事 一〇〇分の八〇、(2)副知事一〇〇分の六〇 (3)出納長 一〇〇分の五五 3(以下略)」と定めており、同条及び改正給与条例の関連条項に照らし、知事等の退職手当の額が同条例自体で確定し得るものとなっていることが認められ、これによると同改正給与条例による知事等の退職金の支給は地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二に適合するもので、これに違反するものでないといわねばならない。

そして、同改正給与条例附則一〇項は、「適用期間〔昭和五三年四月一五日から同条例の施行の日の前日―昭和六三年三月二一日までの期間〕において次項の規定による改正前の退職手当条例第七条の規定により支給された退職手当は、改正後の知事等の給与条例第六条及び第七条の規定……により支給されたものとみなす。」と定めている。

そして、この改正給与条例附則一〇項が適用される限り、京都府が被告林田に対し、昭和六一年末までに支給した知事の退職手当は前示のとおり地方自治法二〇四条三項、二〇四条の二に適合する同条例に基づき支給されたものとみなされ、これが遡及的に適法な支給となったものというべきである。

原告は右改正給与条例附則一〇項が行政法規不遡及の原則に照らし無効である旨主張するけれども、行政法規であっても国民に不利益ないし義務を課し、既得権を奪い、かつ公益性を欠くものでない限り、その遡及的適用を求めることができるというべきである(なお、最判昭和三三年四月二五日民集一二巻六号九一二頁、最判昭和五三年七月一二日民集三二巻五号九四六頁参照)。そして、右附則一〇項が住民ないし国民に不利益ないし義務を課し、或いはその既得権を奪うものであるとはいえず、本件全証拠によってもこれを認めることができないから、同項を無効ということができない。したがって、原告の右主張は採用できない。

なお、右附則一〇項の遡及適用については公金支出による住民の一般的利益の侵害の問題が生ずるが、給与条例主義をとる地方自治法の下で納税者である住民の一般的利益は、住民の代表者である議会が給与条例の制定を通じてコントロールすることにより保障されているところ、前示乙第四号証、弁論の全趣旨によると改正給与条例は京都府特別職報酬等審議会の答申に基づき府議会で可決成立したものであるから、右の一般的利益をもって右附則一〇項の効力を否定すべき根拠とすることはできない。

5  さらに原告は改正給与条例六条二項が文意不明確であり、無効である旨主張するが、前認定の同条項はそれ自体明確で、文意が漠然不明確でこれを違憲・無効とすべきものでないことが明らかである。次に、原告は改正給与条例七条三項が憲法一四条一項に違反し無効であると主張するけれども、前示乙第四号証によると、改正給与条例七条三項は、国家公務員から退職手当の支給を受けることなく引続いて副知事又は出納長となった者に対する退職手当の算定に当り、従前の勤続期間を在職期間に通算する場合などについて、その退職手当の額について規定したもので、それ自体合理的な規定であり、これが原告主張のように憲法一四条一項に違反する不合理な差別的取扱をした規定であるとはいえない。よって、原告の右主張はいずれも採用できないものである。

6  したがって、被告林田に対する原告の本訴不当利得ないし不法行為による金員支払の各代位請求は、その余の判断をするまでもなく、理由がないからいずれもこれを棄却すべきである。

二退職手当条例七条、改正給与条例六条二項、七条三項の無効確認請求の検討

行政事件訴訟法上の無効確認の訴えは、行政処分又は裁決の存否又はその効力の有無の確認を求めるものをいい、その無効等の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者で、当該処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無を前提とする現在の法律関係に関する訴えによって目的を達することができないものに限り、提起することができるのであって、原告の本訴右条例無効確認のような抽象的な法令の条項につき無効の確認を求めることは許されない(行政事件訴訟法三条四項、三六条参照)。そして、本訴は、被告ら個人に対し、条例の条項の無効確認を求めるものであるから、たとえ、これを無名抗告訴訟と解したとしても、このような訴えを認める余地はない。

また、原告の右条例無効確認の訴えを行政訴訟上のものでなく、一般民事訴訟法上の確認の訴えとみるとしても、民訴法上、確認の訴えは現在する権利ないし法律関係の確認を求める場合に許されるもので、単に法令の条項の無効確認を求めることはできない(最判昭和四〇年二月二六日民集一九巻一号一六六頁参照)。しかも、わが裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり、具体的な争訟事件の権利ないし法律関係を離れて法令の解釈に対する疑義に関し抽象的な判断を下し、一般的にその無効を確認する権限ないし職責を有するものではない(最判昭和二七年一〇月八日民集六巻九号七八三頁参照)。

したがって、原告の本件条例無効確認の訴えはいずれも不適法であって、これを却下すべきものである。

三以上のとおりであるから、原告の被告らに対する不当利得、被告松尾、同稲田に対する不法行為による金員支払の各代位請求のうち、被告松尾、同稲田、同野中、同荒巻に対する訴えをいずれも却下し、被告林田に対する請求を棄却することとし、被告らに対する、退職手当条例七条、改正給与条例六条二項、七条三項の無効確認の訴えをいずれも却下し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉川義春 裁判官田中恭介 裁判官和田康則)

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